またかぁと思った。災害の際だいたいぼくは八戸にいないのだ。家族のことが心配なのに帰れない。3.11の時は大阪にいた。今回は九州だ。
ぼくには宮城県丸森町で事業をしている友人がいる。株式会社GM7という地域商社で、「世界が求める未来を丸森町から創造し続ける」というMISSIONのもと、丸森町で取れたお米「いざ初陣(丸森町は伊達政宗の初陣の地として知られている)」の販売や、その米粉を使い、オリジナルで作ったタピオカ入れたドリンク店など、丸森町をビジメスを通じて盛り上げるため多岐にわたる活動をしていた。
しかし、今月の台風19号の影響で、会社が1メートル以上浸水し被災したそうだ。事務所はもちろんのこと倉庫、冷蔵庫などが使い物にならなくなったとのこと。精米済みのお米は全滅、タピオカを作るために買った機会、事務所にあったPC類も全部だめになったそうだ。
ぼくがが当事者だったらと考えると、胸が苦しくなる。いつから仕事が再開できるのか?薬が届けれない場合患者さんはどうなるのか?つかえなくなった在庫の処分はどうするのか?チームメンバーの被害状況はどうなのか?考えるだけで頭が真っ白になりそうだ。
たびたび起こる災害のニュースを見るたびに、この歳になっても一度もボランティア活動(募金や寄付や物資の運搬以外)をしてこなかったことに引け目を感じたり、住んでいるエリアの災害時に地元にいないことになんとなくモヤモヤしていたぼくは、仲間たちとともに丸森町に向かうことにした。
仙台駅に7時に集合し、迎えにきてくれた友人のハイエースに乗り込む。途中、名取のイオンで山形の仲間たちと合流。道中のコンビニで自分たち用の飲み物や食料を調達し丸森町へ。3.11が起きた直後の八戸、南三陸に行った時にも感じたことだけど、報道写真やニュース番組でみるのと実際にじぶんの目で見て感じるのは情報量が違う。被害の大きさに少し気持ちが沈む。
10時頃到着し、GM7のみなさんから話を聞きながら、まずは阿武隈川で道路を塞いでいる流木の撤去作業。それから、飲料水を周辺のお宅に配達。午後からはゴミ置場になっている金山小学校の校庭に行き、ゴミの仕分け作業。会うひと会うひとがそれぞれ前向きな発言をしているのが印象に残った。
ゴミ置場に運ばれてくるものは当然だけど、どれも当然ながら泥まみれだった、懐かしいCDや本、昭和を感じさせる家具や電化製品、水をいっぱいに含んだ布団や衣類、本棚やミシン、食器類や民芸品などそれぞれの営みを感じさせるもの。さみしさや肉体的な疲れや仲間たちとの楽しい会話などいろいろな思いが交錯しながら淡々と作業をした。
被災された方々に励ましで頑張ってくださいとはとても言えず、すれ違う人たちとは「お疲れ様です」と言い合った。哀れみで接するのではなく、そんなことよりも時間が許す限り一つでも多く片付けが進むように心がけた。
GM7の経営者である友人のりょーちんが言っていた「前を向くしかないでしょ」という言葉がすべてだと思う。そして、現場でしっかりリーダーシップを発揮している姿に感動した。できることは少ないけど、今回の台風で被害に遭われたすべての地域や被災地の皆様、1日でも速く復興が進むことを心からお祈り申し上げます。
ということで最後まで読んでいただけた方、ありがとうございます。そして少しでも支援したいという気持ちの方は下のリンクもご覧いただけると嬉しいです。
丸森町の被災子育て世帯応援プロジェクト
nursery.html?fbclid=IwAR1aVhdobJIpxWZ69_zv1VX1UsSdmMHn4Kw_y_GoFl1efc03w0eNDKTpCzE
ビールを買うことで復興支援に。台風19号被災地・宮城県丸森町を応援しよう!
?fbclid=IwAR2Dv1VpUs44D1Ai29nFOAmEDTt1KQfMpCm49LobEpLekGfqIwa9Cx32zCw
会社のこと